エンタメ

【書評】アガサ・クリスティー「春にして君を離れ」自分の天職につけない男は、男であって男でない。

こんにちはーかばろぐ(@kabaloginfo)です。

アガサ・クリスティー「春にして君を離れ」は何度も読んでいるのですが、印象的なシーンを紹介します。

何度読んでも、心に響く名作です。

アガサ・クリスティー作品なのに、ミステリーではないのですが、内容に触れているところもあるので、未読で中身を知りたくないなぁという人は気を付けてください。

 

【書評】アガサ・クリスティー「春にして君を離れ」人生と向き合うための名シーンを紹介。

アガサ・クリスティーは、1890年生まれのイギリスのミステリー作家で、「そして誰もいなくなった」、「オリエント急行の殺人」など、有名な作品が多数あります。

「春にして君を離れ」は、もともと別名義の「メアリ・ウエストマコット」として出版された作品で、ミステリーのカテゴリーには含まれない作品です。

英国夫人が小旅行をして、自分の人生を見つめ直す話

主人公の「ジョーン」が、病気の娘を見舞いにイギリスからバグダッドへ旅にでた、帰りのお話です。

途中、砂漠で立ち往生することになります。

何もない砂漠のなか、自分と向き合う日々、これまで自分が感じていた「幸せな生活」は、本当に現実のものだったのだろうか。

登場人物もごく少数で、ただただ回想が続きます。

アガサ・クリスティー作品ですが誰も殺されない。それなのに読んでいると、ときおり「怖い」感覚に襲われることがあります。

人生と向き合うためのヒントが多くある作品で、数年おきにふと読み返したくなります。

印象的なシーンを紹介します。

自分の望む仕事につけない男――自分の天職につけない男は、男であって男でないと。ぼくは確言する。

「ぼくははっきりいっておく、エイヴラル、自分の望む仕事につけない男――自分の天職につけない男は、男であって男でないと。ぼくは確言する。

(中略)

「ぼくのいうことが正しいということがなぜわかるというのか? ぼくがそう信ずるからだよ。自分の経験として知っているからだよ。エイヴラル、ぼくは今、父親としてだけでなく、一人の男としてきみに訴えているのだ

 

アガサ・クリスティー; 中村 妙子. 春にして君を離れ (クリスティー文庫) (Kindle の位置No.2057-2061). 早川書房. Kindle 版.

ロドニーとジョーンの娘、エイヴラルが20歳年上の妻帯者、結核の専門医カーギル博士と恋に落ちます。

当然、反対するロドニーとジョーン。

しかし、エイブラルとカーギル博士は、ついにすべてを投げうって、駆け落ちを決意します。

父親として、社会に生きる人間として、妻帯者との恋愛を反対するロドニーですが、エイヴラルの決意は固い。

最後に振り絞るように出てきた、一人の男(人間)としての本音。

カーギル博士は、結核の専門医で研究に力を注ぎ、今後、大きな成果が期待される人物。エイヴラルと駆け落ちをすれば、研究も続けられない。

ロドニーは、自分の娘エイヴラルの将来ではなく、一人の男(人間)として、カーギル博士の立場に立ち、反対します。

ロドニーは、牧場を経営したいという夢を諦め、ジョーンの希望どおり、弁護士として活躍しています。

しかし、ロドニーにとって、弁護士としての活躍は何の意味もないこと、娘のエイヴラルも夢を諦めた父親の姿を見てきている。

父親としてではなく、1人の男としてカーギル博士のことを考え、告白した結果、エイヴラルは駆け落ちを諦めます。

カーギル博士は元の生活にもどり、研究を続けることになります。(カーギル博士のその後について、明確な記述はありません)

日本の社会は、昔よりは転職も多くなっていますが、なかなか勇気がいる社会です。

疑問を持ちながら働き続けている人も多いと思います。

そんななか「天職につけない男は、男であって男でない」という言葉は強烈に響きます。

人生の意味、幸せとは何か、自分の人生を考えさせられるシーンです。

真実に直面する苦しみを避ける方が、ずっと楽だったからだ。

「ときどきお母さんって、誰についても何も知らないんじゃないかって思うことがあるんだ……」こういったのはトニーだった。

(中略)

「愛している人たちのことなら、当然知っているはずなのに。わたしがこれまで誰についても真相を知らずにすごしてきたのは、こうあってほしいと思うようなことを信じて、真実に直面する苦しみを避ける方が、ずっと楽だったからだ。

 

アガサ・クリスティー;中村妙子.春にして君を離れ(クリスティー文庫)(Kindleの位置No.2688-2694).早川書房.Kindle版.

ジョーンが砂漠で、非日常の数日を過ごすことで、「これまで自分は何も知らなった」のではないかと気づきます。

夫が本当にやりたいこと、娘が犯してしまった過ち、すべてを気づかないふりをして、苦しみを避けてきたジョーン。

すべてに恵まれた幸せな自分、かわいそうな過去の同級生、そのように思い込むことが一番楽で幸せだった。

この小説の怖いところは、ジョーンを客観的に「こういう人いるよねー」と気楽に見ていたら、

ふとした瞬間に自分も、本当のことをわかっていない「ジョーン」なのではないかと思い当たるところ。

誰にだって、都合の悪いところを見て見ぬフリをしてしまうことがあるはず。

さらに言うと、常に真実を見続けて生きていくことなどできるのか?

ジョーンの生き方はすべて否定されるものなのか? ということも考えさせられます。

本作品には、力強く生きている人物として、夫が犯罪者となっても明るい家庭を懸命に築いていく「レスリー」が登場します。

ジョーンは、レスリーのことを「貧しい境遇で苦労してかわいそうな人」と話します。

ロドニーは、そんなジョーンを「かわいそうなリトル・ジョーン」と呼びます。

そしてロドニーは、自分自身を「男であって男でない」と評します。

それぞれの生き方のなかで、幸せ、満足を得ることが目的なのか、「真実」と思われるものを探すことが目的なのか、人生をどう生きていくべきなのか。

日常のなかで、まぁいいやと思って、深く考えないようにしていることも多いと思います。

本当に豊かな人生をおくるためには、苦しみを覚悟して、真実に直面することが必要なのか、自分の人生とあてはめ、考えさせられる場面です。

「 ただいま、ロドニー、やっと帰ってきましたのよ」

それから彼女は明るい声でいった。「 ただいま、ロドニー、やっと帰ってきましたのよ」

アガサ・クリスティー; 中村 妙子. 春にして君を離れ (クリスティー文庫) (Kindle の位置No.3297-3298). 早川書房. Kindle 版.

ジョーンは自分を見つめなおし、ロドニーと再会します。

これまでのことを謝罪し新しい生活を始めるのか、それともこれまで通りのジョーンで生きていくのか、選択を迫られます。

そして、「 ただいま、ロドニー、やっと帰ってきましたのよ」と、これまで通りの生き方を選択します。

このシーンは、ただ小旅行から帰宅しただけの場面ですが、実はジョーンやロドニーの人生の岐路になっています。

もしかしたら、私たちの人生も同じで、今日、家に帰ったとき、

「いままでゲームばっかりしててゴメン。これからは、もっと良い夫なるよ♡」

と嫁に伝えれば、人生は変わるかもしれません。

いろいろな考え、気付きがあっても、その結果、どのように生きるかは自身の決断になります。

このような決断は、日々の何気ない生活の中に、実はたくさんあるのだと思います。

君はひとりぼっちだ。これからもおそらく。しかしああ、どうか、きみがそれに気づかずにすむように。

「わたし、 ひとりじゃないわ。 ひとりぼっちなんかじゃないわ。わたしには、あなたって人がいるんですもの」

「そう、ぼくがいる」とロドニーはいった。

けれども彼は自分の言葉の虚しさに気づいていたのだった。

君はひとりぼっちだ。これからもおそらく。

しかしああ、どうか、きみがそれに気づかずにすむように。 

 

アガサ・クリスティー; 中村 妙子. 春にして君を離れ (クリスティー文庫) (Kindle の位置No.3495-3500). 早川書房. Kindle 版.

小旅行から帰ってきたいつもどおりのジョーンを見て、「かわいそうなリトル・ジョーン」と伝えるロドニー。

そう言われて、不安になるジョーンには、少しの変化があるのかもしれません。

ロドニーは、ジョーンをひとりぼっちを断じながら、気づかずにすむように、と願います。

ここで考えさせられるのは、これは「優しさ」なのかということ。

ロドニーが愛する「中途半端なことをしないレスリー」なら、ひとりぼっちな妻と一緒に暮らすことを選択するでしょうか。

ロドニーは残酷なほど、ジョーンと心の距離を置いています。

子どもたちに愛されるロドニー、愛されてないジョーン、そのままの関係が今後も続いていきますが、

しかし、ロドニーは自身を「男ではない」と感じ、ジョーンは自身を「幸せ」と信じて生きていきます。

どちらの生き方が幸せなのか?

レスリーのように強い人生を歩めていない私には、ジョーンの生き方を否定することもできません。

答えはありませんが、いろいろな生き方に思いを寄せてみることが大事だと思います。

あなたは、ロドニー? ジョーン? レスリー? それともトニー?

  • 本当にやりたいことを選択できなかったロドニー
  • 自分自身が最高に幸せだと信じ込むジョーン
  • そんな両親を見て、自由に望む道を進んでいくトニー
  • 過酷な境遇に負けず、力強く生きていくレスリー

短い小説のなかに、様々人生が濃密に描かれています。

私は2児の父親ということもあり、ロドニーと自分を重ね、いろいろと考えさせられます。

ロドニーは牧場での人生を選択できませんでしたが、それをジョーンのせいにはできないと思います。

一方で、ジョーンの理解があれば、ロドニーは幸せな牧場生活を送れたかもしれません。

若い方から年配の方まで、読んで損はない作品だと思うので、是非、読んでみてください。

アガサ・クリスティー作品なので、図書館とかにも置いてます。私は図書館で借りて数回読んでから買いました。。。

それではー!